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~300年の時をつむぐ~ 国指定名勝・堀庭園(奥津和野)

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津和野町中心部から約10km上流の畑迫(はたがさこ)地区。
ここに300年の歴史をつなぐ元銅山の天領差配家であった堀家の旧庭園があります。
畑迫地区では『四季に映える天領の里』づくりに地域住民も立ち上がり、様々な企画のもと年々活気がみなぎっているようです。
中でも県内外の観光客から大好評を得ているのが晩秋を彩る楓の紅葉の景観です。
今年も11月10日過ぎ頃から、一目美しい紅葉の絶景を見ようと中国地方や北九州からマイカーで訪れる観光客を含むたくさんの車の列で混雑しているようです。
今回、フォトクラブ高津川21のメンバーが快晴だった11月13日(日)に撮影した現地の様子をご紹介します。(ちなみに、撮影日の1日だけで500台以上の自家用車が現地を訪れたようです。)

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屋敷前の道路や敷地内に紅葉した楓が溢れている。

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樹齢数十年以上の楓の大木が重なり合ってグラデーション効果を演出している

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屋敷の裏山も数々の楓が植樹されていて、その美しさに圧倒される。イチョウや白壁とのコントラストが素敵です。

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多数の蔵が建つ佇まいは、かつての堀家を彷彿とさせる。

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客殿「楽山荘」の庭園が堀家庭園の中心的存在。豪華絢爛たる庭に感動。

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この見事な楓は京都産の名木。木々の管理も大変との事です。

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池には多数の恋が泳ぎ回り、見る人を和ませる。

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家族連れやグループの姿が多い。紅葉を写真撮影する人たちの姿も多く見受けられる。

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楽山荘2階からの展望も素晴らしく、多くの人たちが美しい庭園の景色を楽しんでいました。
なお、堀庭園の紅葉の見頃は、11月25日(金)頃までです。

(写真提供全て・フォトクラブ高津川21)
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雪舟ゆかりの萬福寺を訪ねて

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時宗・益田道場・清瀧山「萬福寺」は、平安時代に建立され、安福寺(天台宗)と号して益田川河口にありましたが津波で流出し、その後、現在の場所に移築。文明11年(1479年)、15代城主・益田越中守兼堯(かねたか)公が画聖・雪舟を益田に招き、堂後に石庭を造らせました。
現在、雪舟庭園の美に惹かれて全国から多くのファンが来寺されていますが、初秋から春までが最も良い季節なのではないかと感じています。
益田市内には、萬福寺の近くの医光寺にも雪舟の庭園があります。萬福寺の雪舟庭園とはまた少し違った雰囲気の庭園をしているで、2つの庭園を見比べてみるのもお勧めです。

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《本堂(国重要文化財)外観》
鎌倉様式の穏静簡古な造りをした建築は一見の価値があります。

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《鬼がわら》
益田七尾城11代城主・兼見(かねはる)公がこの地に移築。益田家の菩提寺。のぼり藤に久の家紋が見える。

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《雪舟像》
15代城主・兼堯(かねたか)公が画聖・雪舟を益田に招き、石庭を造らせました。

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《障子戸》
簡素な障子戸の美しさに、幽玄の世界に引き込まれます。

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《光影》

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《二川白道図(国重要文化財)》
鎌倉時代の貴重な作品。その他にも多くの文化財が本堂内に展示されています。

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《益田口戦争の傷痕》
1866年の長州征伐の際、本寺は幕府軍の陣営となりました。
幸いにも消失は免れましたが、本堂の柱には今も当時の傷痕が残っています。

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《庭園全景(国史跡・名勝、室町時代)》
須弥山(しゅみせん)石を中央にして右はやや暗い築山で枯滝(かれたき)をもっています。

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《庭園正面》
手前に礼拝石と成就石を配置するなど巧みに地割して無駄のない石配りをしています。

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《須弥山石》
須弥山とは、世界の中心にそびえ立つ高い山を言います。寺院様式庭園の中核になっています。

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《庭園左景》
平坦でとても明るく造られ、明と暗が使い分けて構成されています。

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《三尊石》
写真手前に写る石を三尊石と言います。安定感のある石の配り方は、雪舟が造る庭の特徴のひとつです。

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《心地池》
石と池と芝生のハーモニーが見る人の心を惹きつけます。
(写真提供全て・フォトクラブ高津川21)
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